第二話

〜11月23日  当日〜

勤労感謝の日の当日、友雅はあかねと地下鉄烏丸線の今出川駅で待ち合わせた。
 そこから四条烏丸で阪急京都線に乗り換え、桂駅で今度は嵐山線に乗り換える。
 桂からふた駅目の「松尾」で下車。
「松尾……松尾大社ですか?」
 なぜかガイドブックを片手に、あかねが隣を歩く友雅に尋ねる。
「松尾大社にも寄るが、先に行きたい場所があるのだよ」
「行きたい場所?」
 友雅にしては珍しい行動であった。
 いつもならこんな場合、”あかねは何処に行きたい?”と尋ねてくるというのに。
 松尾橋を渡り、しばらく歩くと〔梅宮大社〕と書かれた標識が見えてきた。
 その角を曲がり、また少し歩く。
 その正面に鳥居が見えた。
〔梅宮大社〕。
 一体、ここに何の用があるというのだろう。
 立ち止まったあかねが疑問に思う。
 友雅は構わず境内に足を踏み入れた。
「この大社はね……」
 不意に口を開いた友雅。
「橘氏の氏神が祭られているのだよ」

 〔梅宮大社〕
   その大社は桂川の東岸に、松尾大社の対岸に位置している。
  橘氏の氏神として綴喜郡井出町に祭られたものを、壇林皇后橘嘉智子が現在の地に移し、
  皇子の誕生を祈願したところ、のちの仁明天皇を懐妊したという。
  以来子授・安産の神として尊ばれ、本殿東のまたげ石をまたいだり、産土を授ける風習がある。
   本殿に酒解神、酒解子神などを祭り、酒造の神として信仰を集める。
   杜若(カキツバタ)も有名。


 説明をする友雅に、あかねは口をあんぐりと開けたまま聞いていた。
「何か今日の友雅さんて、雅人さんみたい」
 説明好きの雅人。
 それを聞いて、少しだけムットする。
 いや、少しばかり嫉妬と言ったほうが正しいかもしれない。
「そうなんだ……ここが橘氏の…………」
 社殿に手を合わせる。
 そして静かに祈る…………。
「あかね?」
 彼女は今、何を祈っているのだろう。
 じっと見つめるその先であかねは目を閉じ祈っている。
「で」
 いつの間にか自分を見上げるあかね。
「カメラ撮りません?」
 その手が肩から下げていたカメラに添えられていた。
 それは仕事で愛用している品。
「……そうだね」
「あ。あの、撮っていただけませんか〜?」
 この社は女性に人気のスポットであるためか、カップルが多い。
 そのカップルのうちの一組に声をかけた。
「そのまま押せばいいから」
 とカメラを手から手に渡す。
 渡したのはちょうど頼久くらいの年齢である男性。
 その容貌が酷似していたので、思わず名前が口をついて出そうになった。
 言葉を飲み込み、踵を返してあかねが立っている場所へと戻る。
「はい、いきますよ」
 声がかけられ、シャッターが下りる。
「ありがとうございました」
 ぺこりと頭を下げるあかね。
 カメラを受け取った友雅は、それを肩にかけた。
 その時、耳によく知った声が聞こえたのだ。
『友雅殿。神子殿といつまでもお幸せに』
 ハッとして振り返るが、その視線の先には先ほどのカップルの後ろ姿。
 まさかとは思う。
 そしてもしやとも思う。
 だが確証はない。
「友雅さん。どうしたんですか」
 少し先であかねの声がする。
「次は松尾大社ですよ」
「あ……ああ」
 ゆっくりと歩き出した。
 彼等はこの世界にはいない。
 存在があるとすれば、それは紙の上でのみ。
 結論付けたのだ。

 





 松尾大社。
 ここでも何故か見知った姿をした男とすれ違った。
 それはイノリ。
 すれ違ったときに、やはり声が聞こえた。
『あかねを泣かせんじゃねえぞ』
 と。
 一体、自分の周りで何が起こっているのだろうか。
 呆然とする友雅に、あかねが声をかける。
「少し休みましょうか?」
 どうやらあかねは友雅が疲れているのだと勘違いしたようだ。
 疲れはない。
 だが…………
「いや、平気だよ」
 取り繕うように笑みを浮かべる。
「さて、次は嵐山にでも行こうか。既に紅葉が見頃だしね」
「そうですね」
 あかねは気付いているのだろうか。
 頼久やイノリに似た者たちのことを。

 





 それから二人は嵐山の紅葉ポイントを巡り、昼食をとってからJR山陰本線(嵯峨野線)に乗り、花園駅で下車する。
 だが、そこから仁和寺は少しばかり離れているのだ。
 何故だろう。
 仁和寺に一番近いのは京福北野線に乗れば、ほぼ目の前で下車できる。
 直線距離にして花園からは1kmほど。
 その直線距離の間には山がひとつあった。
 ”双ヶ岡”と現在呼ばれるその丘は”雙ヶ岡”と称し、古墳があることで有名な丘である。
 あかねは、友雅が何故ここに来たのか判らなかった。
 遠い過去の世界で出会った友雅は、この丘が好きだった。
 今は………。
 やっぱり今日の友雅さんはおかしい。
 そう思わざるを得なかった。
「頂上に着いたよ」
 先に歩いていた友雅が声をかける。
 そこは一ノ丘。
 眼下には少し向こうに仁和寺が見える。
「友雅さん」
 声をかけたあかね。
 だが、返事はない。
 振り返ると、友雅は違う方角を見つめていた。
 それは市内の方だ。
 そういえば、あの時もここから都を眺めるのが好きだって言ってたんだよね。
 …………今は姿もない過去の京の都を。
「ねえ、友雅さん」
 遠慮がちに声をかける。
「悩んでいることがあったら、聞きますよ」
「悩んでいること? いきなりどうしたのだね」
 苦笑を漏らし、尋ね返す。
「今は悩みはない。行くよ」
 と歩き出した。
 登ったのだから次は下りて行くだけだ。
 登りよりは幾分か楽だった。
 友雅について道を下りて行く。
 不意に前を歩いていた友雅が振り返る。
 それは前から登って来た人とすれ違った直後のことだった。
 今度はあかねもその人の横顔を見る。
「え?」
 何かの見間違えだったのだろうか。
 そんなことはあるはずがない。
 あの人がこんなところに。
「…………鷹通…」
 呟きが友雅の口から洩れた。
 やはり友雅も同じ人物を見ていたのだ。
 じっと見つめる視線に気付いたのか、慌てて取り繕うように再び歩き出した。



 今の人物、そして声。
 間違いなかった。
 再び歩き始めた友雅は先ほどの人物を思い返す。
 あれは間違いなく………。
 梅宮大社では頼久に。
『友雅殿。神子殿といつまでもお幸せに』
 松尾大社ではイノリに。
『あかねを泣かせんじゃねえぞ』
 そして嵐山では泰明に。
『お前たちには皆がついている』
 先ほどの場所では鷹通に。
『何も恐れることはありません…。心の赴くままにお進みください』
 では今から行く御室仁和寺ですれ違う人物は……。



「友雅さん。凄い綺麗ですね」
 そのあかねの声に我に返る。
 いつの間にか仁和寺の境内に入っていた。
 辺りは赤の……紅葉の、楓の渦。
「………ああ…そうだね」
 目を細め、楓の紅を鑑賞する。
 紅の渦の向こうに五重塔が見えた。
 その美しい風景に思わず友雅はシャッターを切っていた。
 楓の紅と遠景の五重塔。そして手前にあかね……。
 これを見逃す友雅ではなかった。
 無心にシャッターを切る。
 その手が不意に止まる。
 あかねの少し向こうから人が歩いてくるのが見えた。
 僧形ではない長髪の、それも袈裟を着ている男の姿。
「………永泉…様」
 カメラを下ろし、ただ呆然と見つめた。
 向こうから歩いてきた男がにこりと微笑んでみせた。
<ご案内します>
 少し距離があるため声は聞こえなかったが、そう言った気がした。
 二人は仁和寺の奥へといざなわれる。
「…………友雅さん」
 隣を歩いている友雅に、声をかけた。
「……………………」
「前を歩いている人って………永泉さん……ですよね」
 やはりあかねも気付いていたのだ。
「さっきも鷹通さんによく似た人とすれ違ったでしょ?」
「………私の思い過ごしではなかったようだね」
 ホウ、と溜息が漏らす。
 そして思い切って前を行く男に声をかけた。
「永泉様」
 と。
「なぜ、あなたたちは私達の前に現われたのです? もうあの世界とこちらの世界は行き来が――――」
「過去と現代は、魂が巡ります」
 永泉が友雅の言葉を遮ってそう答える。
「私の姿はまだ昔の、あなたがたが見知っている頃のまま」
 ゆっくりと振り返ろうとしたが、徐々にその姿が消えてゆく。
「私達の魂は巡り、あなたがたに会うために再び………」
 指があかねと友雅の後ろを指し示した。
<あなたたちの未来に幸多からんことを>
 そう言い残し、姿は宙に溶け込んでいった。
 ゆっくりと、最後に永泉が指し示した方向を振り返る二人。
 その視線の先には―――――――――

 





「まさか皆もこの世界にきていたとは……」
 帰りの電車の中で、ポツリと呟いた。
「輪廻転生っていうんですよね」
 疲れたのか、隣であかねが眠たげな目をこすりこすり口を開く。
「あかね……。疲れたのなら私の家に泊まっていくかい」
 どうやら、友雅の独占欲がでてきたらしい。
 クスクスと苦笑を漏らす。
「いつもの友雅さんだ」
「え?」
 一体何を言っているのかさっぱり判らない友雅は、自分にもたれているあかねの顔を覗き込んだ。
 既に眠ってしまっている。
 フウ…と溜息を漏らし、窓の流れる景色を見やる。
 茜色に染まった夕焼け空。
「過去と決別しようと思ったのにねえ」
 これではまだまだ過去とは決別できないよ。
 と、軽く微笑む。
「問題は、彼らからあかねをどう守るか、だな」





過去の世界での争奪戦に勝った友雅の、現代での争奪戦第2ラウンドの鐘が今、まさに鳴り響いたのである。





 それはともかく、疲れて寝てしまったあかねを、友雅は己の部屋に連れ帰ったのは言うまでもない。







2002年11月23日 製作

2002©水野十子/白泉社/KOEI/ 沖継誠馬






料理を作ってくれる人、だなんて素敵だvvv
いいな〜♪友雅さんの手料理!!
第一話にみる幸せな時間。それにふと我を顧みる時間…。感慨深い。
 京時代の皆が、友雅さん一人にではなく、あかねちゃんにも…二人に見えている事が、とてもホッとしたと同時に、温かい気持ちになりましたv



  







|||背景素材 閉鎖された素材やさん|||