咲き初め(翡翠×花梨)




何者にも頼らず、何者にも執着せずに生きてきた。
この孤独と虚無さえ楽しんでいた。
花から花へと移る蝶のように退屈を拭うものを追いかけて。
その蝶を咎める者も捕らえる者もいるはずもない。


雪を飾った早咲きの梅を見上げ、腕を組む。
ふと、衣の下の左腕に巻かれた晒しの感触に、翡翠は先日の出来事を思い出す。

…あの時、なぜ彼女を庇ったのか、自分でも不思議だった。
今までの自分なら、まず助けたりしなかったろう。
まったく関係ないことでも自分のことのように懸命になる少女。

…不思議だった。
何の見返りも打算もない。
それでも己のすべてを賭けられる少女が。

自分が遠い昔に失くしたもの。
いや、初めから持ってすらいなかったもの。
初めは、そんな少女を遠くから眺めていた。
この退屈を拭ってくれるもの。
ただそれだけの存在だった。

「…やあ。」
近づいてくる人影に翡翠は顔を上げた。
「お話ってなんですか?」
白い息を吐きながら少女は小首を傾げる。
「…いや、近くまで来たからね。ご機嫌伺いに寄ったのだよ。」

翡翠はゆっくりと花梨の首筋に手を伸ばした。
「ひ、翡翠さん?!」
反射的に身を引こうとする少女を胸に閉じこめる。
翡翠は花梨の首筋に手を置くと、そこに走った傷を指でなぞった。
「まだ跡が残っているね。」
その仕草と声に、花梨は体に震えを走らせた。

「私がついていながら、君に傷を負わせてしまうとは、ね…。」
「そんな…かすり傷です。翡翠さんこそ、私が巻き込んだのに…」
「おやおや。この位、怪我にも入らないと言ったはずだよ。」
「でも…」
「可愛い人。君はずいぶん心配性のようだ。いっそ、その目で傷を確かめて見るかい?」

一瞬はいと答えそうになって花梨は慌てて頭を振った。
翡翠のことだ。頷こうものなら本当に衣を脱ぎだしかねない。

「え、遠慮しますっ!」
真っ赤になって答える少女に翡翠は破顔した。
「おや…この申し出はお気に召さないか。残念だねぇ。」
「もうっ、からかわないでくださいっ。」
本気で心配したのに、と花梨は頬を膨らませる。

その仕草が愛しくて翡翠は花梨をこのまま腕の中に閉じこめておきたい衝動に駆られる。
自分に初めて執着することを教えた少女。

(…この私を捕らえるのが彼女なら、悪くないね…)
そんな感情を心地よいとすら感じる自分に驚き、軽く笑みを見せながら。

「もうっ。いつまで笑ってるんですか?!」
閉じこめた腕の中で可愛らしく抗議する少女の頬に軽い口づけを落として。

「ひ、翡翠さんっ!!」
ますます赤くなって腕の中から逃れようとする少女を翡翠は楽しそうに見つめる。

───今はまだ、言うまい。
けれど、すべてが終わったその時は。
「君を浚うよ…」

 翡翠の決意を風がさらっていった。

2003©水野十子/白泉社/KOEI/ 響咲夜






フリー配布されていた作品を頂戴してまいりました。

まだ二人が出会って間もない初々しさにこちらも思わず照れてしまいそうです。
それにしても、決意の早い・・・言い換えれば手の早い、女泣かせな翡翠さんですこと(´ー`;)ゞ・・・
彼らしい・・・と言ったら、怒られそうですが。



  







背景:咲維亜作