・・・君が微笑んでいてくれること・・・。



誕生 〜 出逢い 〜




神泉苑における鬼との最終決戦が終わった。
報告の為、内裏に向かう永泉とそれに付き添う鷹通を除き、他のものは土御門殿へと戻る。本来は友雅も報告の為内裏に赴かなければならなかったが、龍神を召喚した後に気を失ったままのあかねを抱えているため、そのまま土御門殿へ向かう。
先程まで、京を覆いつくそうとしていた瘴気はあかねが召喚した龍神により祓われ、今は影も形もない。

***

友雅は土御門殿の中にあるあかねの部屋にたどり着くと、抱きかかえていたあかねをそっと褥の上におろすが、あかねに目の覚める気配はまったくない。

「橘少将様は別の部屋でお召しかえを。神子様のお支度は私どもで行いますので。」

あかね付きの女房の声に促されるように、友雅は退出した。
友雅が着替え終わり、八葉達の控えの間に行くと内裏に向かった永泉と鷹通、それに泰明を除いた八葉が揃っていた。戦いが終わったというのに、どこか空気がぴんっと張り詰めていた。

「泰明殿は?」
「今、あかねの様子を見てる。」

天真がそう答えるのと同時に、泰明が部屋の中に入ってきた。

「泰明!あかねの様子は?」

泰明が部屋に入ってくるのと同時に、イノリが掴みかかるかのような勢いで問いただす。

「問題ない。疲れがでているだけだ。ゆっくり休めば明日までには目が覚めるだろう。」

泰明のその一言で張り詰めていた空気がほっと和らぐ。
立ち上がってあかねの下に行こうとする友雅を泰明は呼び止めた。

「友雅。」
「何か?泰明殿。」
「神子の部屋に行くのか?」
「そのつもりだが・・・。それが何か?」
「ならば楽を奏でてやれ。」

端的なもの言いをする陰陽師に、友雅は「理由を尋ねてもよいかい?」と問いかける。

「お前や永泉の楽の音には、神子の気を安定させる力が備わっている。」
「わかった。」

友雅は、近くにいた女房に琵琶を用意するように伝えると、そのままあかねの部屋に向かった。
あかねの部屋には、藤姫が控えていた。

「友雅殿・・・。」
「藤姫。神子殿の様子は?」
「まだ・・・お目覚めになりません・・・。」

藤姫はつらそうに目を伏せる。

「泰明殿から、休めば明日には目を覚ますと言われなかったかい?」
「お話はありました。でも!」
「泰明殿がそう言ったということは、間違いはないでしょう。それに・・・。」
「それに?」
「神子殿が龍神を召喚する前に『絶対大丈夫』と言っていたのですよ。」
「・・・そうですわね。泰明殿や神子様の言うことに間違いはありませんわよね・・・。」
「そうですよ。」

友雅が柔らかく藤姫に微笑む。その時、女房の一人が琵琶を持ってきた。

「友雅殿。それは?」
「泰明殿から楽を奏でるように言われましてね。神子殿の気が安定するとか。」
「そうですか。それでは私はお邪魔になりますので下がりますわね。何かありましたらお呼び下さいませ。」
「ありがとう。」
「いいえ。では友雅殿。神子様をよろしくお願いいたします。」

そう告げると藤姫は、あかねの部屋を退出していった。
友雅は藤姫が退出すると、琵琶を手に取り奏で始めた。
響き渡る琵琶の音に、宿るのはただ一人への想い。

(早く目覚めておくれ・・・。君の瞳が見たい・・・。声が聞きたい・・・。)

そして、友雅は万感を込めて奏で続ける。

(・・・君が微笑んでくれること。それが今の私を生かしている。君が目覚めなければ、私にとってこの世界は何の意味もない・・・。だから、早く目覚めておくれ・・・。神子殿・・・。あかね・・・・・・。)

***

奏で始めてどのくらいの時間が過ぎたであろうか。
ふいにあかねの瞼が震え、翡翠色の瞳が現れる。

「・・・神子殿?」

どこかぼんやりと焦点の合っていない瞳に、友雅は不安を隠しきれず震える声音であかねを呼ぶ。あかねはゆっくりと声のした方に顔を向け、その視線の先に友雅を見つけると微笑んだ。

「友雅・・・さん・・・・・・」
「気がついたかい。神子殿。」
「ここは・・・藤姫のおうち?私・・・。あの後、戦いはどうなったんですか・・・?」

体を起こそうとしたあかねを友雅はやんわりと止め、優しく語り掛ける。

「君は気を失っていたのだから、急に起きてはいけないよ。聞きたいことがあるなら答えてあげるから。」
「はい・・・。」
「まず先に礼を言わせてほしい。君のおかげで京は救われた。ありがとう。」

急に礼を言われ、あかねはわたわたと慌てる。

「そ、そんな。八葉の皆や藤姫が手伝ってくれたから、だから救うことができたんです。私一人の力じゃないです。」
「そうだね。だけど、君が神子だったからこそ、皆がここまで力を合わせ一緒に戦ってこれた。それは君の力によるものだよ。『神子』としてではなく『元宮あかね』としての君自身のね。」
「友雅さん・・・。」

礼を言われ真っ赤になって照れているあかねを見つめて、友雅は話を続ける。

「それから先程の質問だけれども、君が白龍を召喚したことにより黒龍の瘴気は払われ、京は元の状態に戻った。」
「ランはどうなったんですか?シリンは?アクラムは?」
「天真の妹は、あの後姿が見えなくなった。アクラムとシリンも姿が消えた。ただ、泰明殿が言われるには、アクラムとシリンはこの京から完全に気配が消えているが、天真の妹だけはかすかながら気配が感じられるという話だよ。」
「じゃあ、少なくともランだけは無事なんですね。」
「そうだね。」
「よかった。ランだけでも無事で・・・。」

−この心優しい少女は、敵であるあの鬼達についても心を痛めているのだろう。友雅には少女の心がわかったが、今は彼女に余計な心配をさせたくなくて、他の鬼達の話に触れないで、話題をそらす。

「さて、お目覚めになった神子殿に何かお持ちしたほうがいいかな。それとも朝まで眠るかい?」
「今どれくらいの時間なんですか?」
「ちょうど子の刻を過ぎたくらいかな。」
「子の刻って・・・、真夜中じゃないですか。友雅さんもしかしてずっと起きてたんですか?」

−自分のせいでと顔に書いてあるあかねの髪を撫でながら、友雅は笑って言う。

「眠れなかったのだから気にすることはないよ。」
「でも。」
「それに、神子殿の可愛い寝顔も堪能できたしね。」
「やだ。ずっと見てたんですか。私、変な顔とかしてませんでした?!」
「とても可愛らしい寝顔だったよ。ずっと見ていたいくらいにね。」

友雅の発言に顔を真っ赤に染めながら、あかねはぽつりと言う。

「あのね・・・友雅さん・・・」
「なんだい。」
「お誕生日、おめでとう。」
「『誕生日』?」

聞きなれない言葉に友雅は問い返し、あかねはこちらに誕生日を祝う習慣がないことを思い出した。

「私達の世界では、その人が生まれてきた日を祝うの。子の刻が過ぎたってことは今日は十一日。水無月の十一日は、友雅さんの誕生日ですよね。」
「そうなるね。だが、何故生まれた日を祝うのだい?」

尋ねる友雅に、あかねは眠たげに目をこすりながら話を続ける。

「だって生まれてくれなかったら、その人に逢えなかったじゃないですか。だからその人に『ようこそ、この世界へ。生まれてくれてありがとう』って気持ちを込めて祝うの。」
「なるほど。」
「だから私、絶対友雅さんに一番に言いたかったんです。『生まれてくれてありがとう』って。」
「神子殿・・・。」
「私、友雅さんと逢えて嬉しい。『友雅さん、生まれてくれてありがとう。』」

そこまで言うと眠気に勝てなかったのか、あかねはすうっとそのまま寝入ってしまった。友雅は苦笑しながら、あかねの髪を撫でる。

「まったく、言いたいことだけ言って眠ってしまうなんてつれない姫君だね。いいよ。今はお休み。そしてまた明日、朝目覚めたらもう一度今の言葉を言っておくれ・・・。」

友雅は優しく髪を撫でつつ、あかねの寝顔をいつまでも見つめていた・・・。

君と出逢えて、初めて『私』が生まれたのかも知れない・・・。
・・・君と出逢ったこと。それが、私に初めて『生きる』という言葉の真の意味を教えてくれた。君と出逢い君に祝ってもらえるなら、私が生まれたことに意味があると、そう思える。君と出逢うためだけに、生まれてきたのだとうぬぼれてもいいかい。・・・あかね。




『友雅さん、生まれてくれてありがとう。』





友雅の胸の中で、あかねの言葉がいつまでもいつまでもこだましていた・・・。










人は一人でも生きられるけど、でも誰かとならば人生は遥かに違う。

生まれた時、誰でも言われた筈。

耳をすまして思い出して。最初に聞いた『ありがとう』を。

もしも・・・、もしも思い出せないなら、私いつでもあなたに言う。

『生まれてくれてありがとう』

生まれたこと、出逢ったこと、そして一緒に生きていることを決して忘れないで・・・。



















2003©水野十子/白泉社/KOEI/ えな




友雅さん誕生日祝いのフリー創作を頂戴してまいりました。

子の刻(真夜中)にあかねちゃんの一時的な目覚めを設定した事で、日付の意味が、よりハッキリ且つ自然に感じられ、丁寧に練られた設定に驚きました。
言いたい事だけ言って、眠るあかねちゃんのマイペースぶりが、なんとも可愛らしいですよね♪



背景:咲維亜作