流水響(ryusuikyo) 流れては響く水の音に、二人はそっと耳を傾ける・・・。 二人の間に流れる沈黙は決して気まずいものではなく、ただ自然に音に聞き入る。 そんな穏やかで静かな空間・・・。 *** 「帝の行幸の供につく事になってね。しばらく屋敷を空けるよ。」 水無月に入ったある日、友雅は妻であるあかねにそう告げた。 「いつごろまでですか?」 「予定では、十一日までだね。」 「そうですか・・・。気をつけて行って来てくださいね。」 「寂しい、と引き止めてはくださらないのかな?」 「何、言ってるんですか!お仕事はちゃんと行かないと駄目です!!」 あかねは『怒ってます』というように友雅を睨むが、友雅にとってはそれもあかねの可愛い表情の一つでしかなく、微笑んでしまう口元を隠すために扇を広げた。 「おや、つれないね。数日逢えないだなんて、私はこの身を引き裂かれるかと思うほど、つらいのに・・・。あかねはそうではないのかな?」 『また、そんなこと言って!』という反応が返ってくるかと思いきや、あかねは黙ってしまった。あかねの瞳が寂しげに揺れる。 「・・・寂しくない訳ないじゃないですか。」 あかねはぽつりと呟く。 「あかね?」 「寂しくないわけないでしょう!だけど、お仕事だから・・・。」 うつむいてしまったあかねを友雅は抱き寄せ、ぽんぽんと軽く背中を叩く。 「意地悪を言ったね・・・。すまない、あかね。」 抱き寄せたまま、言葉を続ける。 「私にはあかね以上に大切なものなどないよ。たとえ仕事であろうとね。」 「でも私のせいで友雅さんが仕事を休んで、他の人に色々言われるのはいやです。」 「わかっているよ。」 「・・・ちゃんと仕事に行ってきてくださいね?」 「わかったよ。姫君が望むならそうしよう。」 「待ってますから、気をつけて行ってきてくださいね。」 「あぁ。」 そのようなやりとりがあって、後ろ髪を引かれながらもあかねのいる屋敷を出たのが数日前。帝の行幸の供につき、今居る場所は石清水八幡宮。 「『忍ぶれど・・・』と言った風情だな。友雅。」 「主上。」 友雅の表情を見て、帝はくすくすと笑う。 友雅としては今まで培った経験から思っていることを表情に出すことはなかったが、帝は正確に友雅の心情を見抜いたらしい。 「お前がそんな表情をするとはね。宮中の女房達が見たら内裏に淵が出来そうだ。」 「お戯れを。」 「まあ、あと数日の辛抱だ。北の方に会えないのは我慢してくれ。」 楽しそうに言う主上に、友雅は苦笑を禁じえない。 「今宵はもう下がってよいぞ。友雅。」 「では、御前失礼いたします。」 主上の部屋を退出し、渡殿を歩いていた友雅は眩しそうに月を見上げる。 「顔に出したつもりはないのだがねぇ。」 仕事はそれなりにこなし、表面上特に普段通りのはずだった。現に主上以外の人物にはわかっていないようだ。 主上に指摘されるまでもなく、離れていても、いや離れているからこそ、あかねへの想いが募っていく。 「君といへば見まれ見ずまれ富士のねの珍しげなく燃ゆる我が恋・・・と言うところか。」 早くあかねに逢いたいね・・・。 夜空に浮かぶ上弦の月を眺めつつ、友雅は一人ため息をついた。屋敷に戻れるまであと数日・・・。 *** 今の友雅にとっては苦行にも近い帝の石清水の行幸が終わり、急いで屋敷に戻ると、屋敷では愛しい妻のあかねが出迎えてくれた。 「お帰りなさい。友雅さん。」 「ただいま。あかね。」 「友雅さん。ちょっとこっちに来てもらえます?」 挨拶もそこそこに、あかねは友雅を東南の庭の一角に連れて行った。 「どうしたんだい?」 「あのね。今日は友雅さんの誕生日でしょう。だから誕生日プレゼントを作ったの。」 そういってあかねは、地面のある一点を差す。そこには石が並べられているだけで、他にこれといって変わったところは見られない。 「あかね。これは?」 「水琴窟です。」 「『水琴窟』?」 「実際にやってみせますね。」 そう言ってあかねは柄杓で池の水を掬うと、そっと石の上に水をかける。 すると、かすかではあるが、涼やかなる音色が聞こえてきた。 高く・・・、低く・・・。 今まで聞いたどのような楽器とも違う、流れては響く水が奏でる妙なる調べに、しばし二人は耳を傾ける・・・。 「・・・素敵な贈り物だね。」 「気に入ってもらえました?」 「とても嬉しいよ。」 友雅の言葉にあかねは満面の笑みを浮かべる。 「よかった。友雅さん、お誕生日おめでとう。」 「ありがとう、あかね。あかねは何か欲しいものがあるかい?」 「?」 「このように素敵なものを貰ったんだ。あかねに何かあげたいのだよ。」 「え?別にいいですよ。私はいつも色々貰ってるし。それに私が友雅さんにあげたかったんだから。」 「私もあかねに何かあげたいのだよ。」 「じゃあ、一つだけお願いが・・・。」 「なんだい?」 あかねは友雅にかがんでもらうと、そっと耳打ちした。 「・・・」 「友雅さん?きゃあ!」 友雅は突然体の向きを変えると、懐深くにあかねを抱き込んだ。 「それでは『願い』にならないよ。私も同じ気持ちだからね。」 「いいんです!それが私の願いなんだから。」 「まったく君は私を喜ばせるのが上手だね。そんなに私を喜ばせてどうするの?」 懐深くに抱きこまれているあかねには見えなかったが、友雅はこれ以上はないというくらい幸せそうな笑顔を浮かべていた・・・。 ・・・これからも、ずっと一緒にいてくださいね。・・・ |
2003©水野十子/白泉社/KOEI/ えな
友雅さん誕生日祝いフリー創作を頂戴してまいりました。 私も関係者である月姫宴にて、寄せたコメントに同じになってしまいますが; 和歌で心情を咄嗟に匂わす帝と友雅さんが、何度拝見しても素敵です〜v(≧∇≦) 仕事を優先させる、とキチンとしているあかねちゃんも素敵♪♪♪ |
背景:咲維亜作