帰る場所







伊予にあるとある屋敷の台盤所から、悲鳴のような声が上がる。

「か、花梨ちゃん!」
「なあに。」
「あ、危ないから・・・!」
「大丈夫、大丈夫。」
「「やけどでも負われたら私達がお頭に殺される!!」」

台盤所の下働きの女たちが悲鳴をあげるのは無理はない。
花梨と呼ばれた少女は、この辺りの海賊衆をまとめる頭、翡翠が溺愛している少女。先ほど女達が言ったのは、比喩でも何でもなく本気の言葉であった、が・・・。

「大丈夫だって。翡翠さんはそんなことしないよ。」

そういいつつ、花梨が覗くのはかまどの中。その様子をはらはらしながら見守る女達。
花梨が小さい火傷でも負った日には、女達は絶対零度の微笑みの前にさらされ、花梨はお仕置きを受ける羽目となる。
自分の夫たる翡翠の行動がわかっていないのは、当の少女のみであった。
そして、花梨も意外に頑固な面があり、なかなか説得に応じてくれない。
もうこうなったら、女達は祈るしかないのだ。怪我などしないで花梨の作業が終わるように。

「う〜ん。もう少しかなぁ。」

中の状態を確認すると、花梨はかまどから離れ、女達のもとに行く。

「・・・で、花梨ちゃんは何を作ってるの?」

一人の女が先ほどから気になっていたことを口にする。

「・・・翡翠さんへの贈り物。」
「何で?」
「私の生まれたところでは、『生まれてくれてありがとう』って気持ちを込めて、生まれた日にお祝いをするの。それでその時に贈り物をするの。」
「で、その贈り物があの鉄の欠片?」

思いっきり『不思議』と顔に書いてある女達に向かって、花梨はにっこり笑って頷く。
女達が疑問に思うのも無理はない。
花梨が先程から『贈り物』として、作業しているのは食べ物ではなく、薄く小さいの鉄の欠片なのだ。それを真っ赤になるまで焼いている。

「昔、学校で実験好きの理科の先生がいてね。クラスの皆で実験したんだよ。理科は嫌いだったけど、あの先生の授業だけは面白かったな〜。」

そんな話をしつつ、花梨はまたかまどを覗く。中に入れてある鉄の欠片がだいぶ真っ赤になっていた。

「そろそろいいかな。これを取り出して、水につけてっと。・・・熱っ!」
「「花梨ちゃん!!!」」

伊予にあるとある屋敷の台盤所から、悲鳴のような声が上がる。その喧騒は翡翠の帰宅まで続いた・・・。



***



「・・・どうしたんだい?この手は。」

帰宅早々邪魔な(?)部下を追い払って、花梨と二人っきりになることに成功した翡翠は、花梨の左手の甲に小さな火傷の後があることに気がついた。

「えっ?あぁ、これですか?今日、台盤所にいた時にちょっと。」
「台盤所に?なぜ?」
「理由は内緒♪」
「・・・つれないね。隠し事をするなんて。」
「また、そういうことを言う〜。」
「では、教えてくださるのかな?」
「だめです。」

はっきりきっぱり言い切る花梨に、面白くないものを感じる翡翠だった。

「・・・」
「数日中にはわかりますから、それまで我慢してください。あと、台盤所のひとたちに聞くのもだめですよ。」
「わかったよ。」
「あと、24日は早めに仕事を終わって帰ってきてくださいね♪」
「はいはい。(大体想像はつくけどね。)」
「『はい』は、1回!」



***



そして、あっという間に5月24日。
今日は仕事もなく(・・・と花梨は思っているが、翡翠が仕事を入れさせなかったというのが正しい)のんびりくつろいでいる時に、花梨が話をきりだした。

「あのね。今日は翡翠さんの誕生日だから、翡翠さんに贈り物があるの。」
「贈り物?あぁ、以前話していた『誕生日プレゼント』というものかい?」
「そう。ちょっとこっちに来てくれる?」

そう言って花梨は翡翠を伴い、庭に下りた。
そして、池の前に着くと、そでの中から布に包まれたものを取り出す。

「花梨。それは?」
「お魚の形に作ったんです。可愛いでしょ♪」

布を解かれ、出てきたものは木で出来た、花梨曰く・・・魚。

「・・・魚なのかい?」
「見えません?これが尾びれで、これが背びれなんですけど。」

説明されれば、確かに尾びれや背びれと思われるものもあるが、言われなければただの丸い木。

「確かに尾びれがあるようだが・・・」
「魚に見えないなら、見えなくてもいいです。向きがわかればいいんだから。」

花梨がその魚もどきをそっと池に浮かべる。そうすると、その魚もどきはくるりと向きを変え、ある方向に向くと止まった。

「水に浮かべると、この尾びれが北を向くんです。」

花梨は、一度魚もどきを水の中から取り出し、もう一度浮かべる。そうすると魚もどきは先程と同じ向きで、止まる。
翡翠はじっとその様子を見つめている。

「これで海に出たときに、天気が悪くて星や太陽が見えなくても方向がわかるかなって。方向さえわかれば、必ずここへ帰ってこれるでしょう?」
「その時は・・・」
「?」
「その時は、必ず花梨が出迎えてくれるのかい?」
「あたりまえじゃないですか!私以外のところに帰るなんて言ったら怒りますよ!」
「・・・」
「翡翠さん?あの・・・これ、気に入りませんか?」

花梨が心配そうに、上目遣いで先程から黙ったままの翡翠を見つめる。
翡翠は魚もどきから花梨に視線を移すと、見惚れるような微笑を浮かべた。

「驚いたよ。花梨がまさか指南魚を知っているとはね。」
「翡翠さん、指南魚、知ってました?」
「あぁ。」
「なんだ。せっかく驚かそうと思ったのに。」

ちょっとがっかりといった風情の花梨を翡翠は後ろから抱きしめる。

「ちょ、ちょっと翡翠さん!」
「とっても驚いたよ。」
「えっ?」

翡翠は、花梨の左腕を持ち上げると左手の甲に口付ける。

「花梨が指南魚を知っていることも驚きだが、手に火傷を負ってまで私に贈り物を用意してくれるとはね。」
「私が持ってるものって、翡翠さんに貰ったものばかりだから何か自分の手で作ってあげたくて。」
「嬉しいよ。ありがとう、花梨。」

翡翠が礼を言うと、花梨は満面の微笑みで返す。
初夏の風が池の水面をゆらし、指南魚もそれに合わせゆらゆらと揺れていた。



・・・ 君は気がついているのだろうか。私が一番嬉しかったのが、ものではなく君の下に帰ってきていいのだと、君のいる場所こそが帰る場所だと言ってくれたことが一番の贈り物だということに ・・・。







2003©水野十子/白泉社/KOEI/ えな




翡翠さん誕生日フリー作品を頂戴しました。

翡翠さんにとっては、日用消耗品であろう指南魚を、火傷しながらも必死で作る花梨ちゃんが愛らしいです♪
実用的な贈り物をするというのが、サッパリ派の花梨ちゃんならでは!!!という気がします。

私も主催メンバーである月姫宴の企画にも寄せて下さった作品なので、ここでの言葉は簡単に済ませてしまいましたが、好きな作品です♪



背景:咲維亜作