夏の夜の夢 庭先で蛍が舞う。ゆらりゆらりと、おぼろげな光を放ちながら。蛍が生み出す光の演舞を、声もなく見つめる一人の男。 男の名は橘友雅。左近衛府少将であり、龍神の神子を護る八葉であったもの。 ”八葉であった”と言うのは、彼が護った龍神の神子あかねが今日その役目を終えた為。八葉とは龍神の神子の為にある者達。神子が役目を終えれば、八葉の役目も終わる。 あかねが龍神を召喚し、戦いが終わった。よほど疲れたのであろう、あかねは戦いの後眠り続けている。あまりにも深い眠りに、そのまま目を覚まさないのではと心配したが、泰明の「一晩休めば問題ない。」という一言に皆安堵し、一度自邸に戻ることとなった。 (本当は目覚めるまでついていたいのだがね・・・。) 彼女の側についていたい。それは友雅を始め、他の八葉も同じ気持ちだった。しかし、藤姫の 「一人残られれば皆残られます。皆様で神子様のお休みを妨げるおつもりですか!」 と言う一喝のもと、一人残らず一時撤退を余儀なくされた・・・。 その為一度自邸に戻ったものの眠りにつけず、友雅は庭の蛍を眺めていたのだった。 そのうち、一匹の蛍が友雅の目の前まで舞ってきた。 それにつられるかのように一匹、また一匹と次第に友雅の前に集まる。 そして友雅の前に集まった蛍から、別の気配がする。 「・・・神子殿?」 その言葉が合図になったかのように、蛍がまたゆらりゆらりと目の前から飛んでいく。そして、その後には半透明のあかねの姿が・・・。 『あれ?友雅さん?』 「神子殿?」 『友雅さんに会いたいって思っていたから、夢に出てきたのかな?』 「夢じゃないよ。神子殿。少なくとも私にとってはね。」 『え?・・・本物?』 「まったくいつまで経ってもお目覚めにならないと思ったら、こんなところで迷子になっているとはね。」 ”迷子”という言葉に、ちょっとむっとしてあかねは頬を膨らませる。 『迷子って・・・。そんなに小さい子供じゃないです。』 「そう?ならば早く体に戻って目覚めておくれ。皆、心配しているのだよ。もちろん私もね。」 軽い口調の中に含まれる真摯な響きに、あかねは小さく『ごめんなさい』と謝った。 「・・・早く体にお戻り。そして、いつもの明るい笑顔を見せておくれ。」 『はい・・・。』 諭されて、あかねは体に戻ろうとした。だが・・・。 『友雅さん・・・。』 「どうしたんだい?」 『戻り方がわかりません。』 あかねの言葉に、友雅は一瞬呆気にとられたが、その後くすくすと笑い出した。 「これは、これは。本当に迷子と言う訳だね。」 『わ、笑わなくてもいいじゃないですか〜!』 「すまないね。泰明殿を呼んであげるから少し待っておいで。」 そう言って友雅は女房を呼ぶと、泰明を呼ぶように安倍邸に使いを出すように命じた。 「さて、それでは姫君。泰明殿が来るまで、一緒に蛍でも愛でるかい?」 『はい。』 友雅はあかねに向かって手を差し出す。あかねはその手に自分の手を重ねようとするが、すりぬけてしまう為重なるか重ならないかのところで手を止める。 あかねはちょこんと友雅の横に座ると、庭の蛍を眺めた。 『綺麗ですね。』 「神子殿の世界に蛍はいないのかい?」 『いるにはいますけど、こんなに間近に見れるところは少ないです。』 「そう。ねぇ、神子殿。一つ聞きたいのだが・・・。」 『何ですか?』 「先程の言葉は本当かい?」 『先程の言葉って?』 「私に会いたかったと、言ったことだよ。」 『あっ!』 かぁっと顔を真っ赤にするあかね。 『あ、あれはその・・・。自分の夢だと思ったからで・・・。だから!』 「では、会いたいと思ってくれた訳ではないの?」 『う・・・。そ、そういう言い方ずるいです。』 「そう?」 『そうです!』 「それで?先程の質問に答えてはくれないの?」 『・・・会いたかったです。だって今日は友雅さんのお誕生日でしょう?』 「よく覚えていたね。」 『だから一番に言いたかったんです。お誕生日、おめでとうって。』 「ありがとう。神子殿。」 友雅がにっこりと微笑むと、あかねもにっこりと微笑んだ。 『それでね。本当は誕生日プレゼントを用意したかったんだけど。昨日までそれどころじゃなかったから。』 「気にしなくていいよ。」 『でも何かほしいものはないですか?何でもいいですよ。』 「そうだね。ならば今ここで姫君からの口付けをいただけるかな?」 『えっ?!』 「何でもいいとお許しをいただいたしね。」 あかねは自分の失言を悔やんだが、もう遅い。あかねは覚悟を決め『目を閉じていてくださいね。』と言った。そして、目を閉じた友雅の唇にあかねの唇が触れるか触れないかというところで・・・。 「神子。何を遊んでいる。早く自分の体に戻れ。」 突然泰明の声が聞こえてきた。慌ててそちらを向くと、勾欄に一羽の鳥が止まっていた。 『や、泰明さん!』 「あまり長く体から離れていると戻れなくなるぞ。早く戻れ。」 「・・・泰明殿。ずいぶんと早かったね。」 「友雅の屋敷から神子の気配を感じてな。こうして式神を使って見に来た。」 「なるほど。どうりで早い訳だ。」 絶妙なタイミングで現れた泰明に、友雅は軽くため息をついた。 「神子。行くぞ。」 『じゃ、じゃあ友雅さん。私戻りますね。』 「では神子殿。後で誕生日プレゼントの続きを楽しみにしているよ。」 『もう無効です。』 「では、今続きをするかい?」 『人前でなんて、恥ずかしいからいやです!』 そう言って、あかねの姿は消えた。そして泰明の式神の姿も。後に残されたのは、友雅と庭の蛍のみ。 「こうして静けさが戻ってみると、先程の出来事が夢のようだね。」 現か、それとも蛍の幽玄な光に導かれて見た幸福な夢だったのか・・・。 「では夜が明けたら、姫君に会いにいくとしようか。」 そうして、今の出来事が現だと言うことを教えておくれ・・・。 友雅は踵を返すと、部屋の中に戻っていった。 庭先で蛍が先程と変わらず、ゆらりゆらりと舞う。見ている者がいなくても、おぼろげな光を放ちながら。蛍が生み出す光の演舞は夜明けまで続いた・・・。 |
2003©水野十子/白泉社/KOEI/ えな
私の誕生日のお祝いとして、個人的に頂戴した品でございます。 とてもとても嬉しゅうございますvvv有難うございました。 それだけでも贅沢だと思うのに、蛍・儚げなあかねちゃん・誘惑的友雅さん♪という見事に私の心の的を射てくる組み合わせ!!! 藤姫もチョコッと出てきて、友雅さんを一括してくれているのが、本当に嬉しくて♪ (藤姫にたじたじな友雅さんが好きなんですvvv) 本当にありがとうございましたvvv |
挿絵:咲維亜作