麗らかな春の午後に



季節が冬から春へと移り変わり、日差しも暖かいものに変わってきたそんな季節。
麗らかな春の午後、翡翠は花梨の膝を枕に転寝をし、花梨はそんな翡翠の髪で遊んでいたそんな穏やかな時間。

・・・ずっ。
・・・・・・ずっ、ずっ。

翡翠は、微かに衣擦れと言うよりは、布を引きずるような音がすることに気がついた。しかし、花梨は気がついていないので、そのまま寝たふりを決め込んでいた。

・・・ずっ、ずっ、ずっ。

音がだんだん近づいてくる。だが、翡翠は無視し続ける。

・・・ずっ、ずっ、ずずずっ。

音がだいぶ近づき、ようやく花梨も気がついたようで、先ほどまでいたずらしていた翡翠の髪から手を離した。
だが、翡翠が寝ている(と花梨は思っている)為、起こさないように声を立てない。
気配からして、どうやら花梨はそれに向かって手を伸ばしているようだ。

つん!

不意に髪の毛を引っ張られた。

つん、つん!

2、3回髪の毛を引っ張る気配がしたがそのまま無視し、そのままにしていると・・・。


むにゅっ!!



・・・と、何か柔らかいものが頭の上に乗っかった。
そして、それは翡翠の頭を踏み台にして、花梨の方によじ登っていく。

「ひかり、翡翠さんの頭に乗ったらだめでしょ。」

この状態ではさすがに、花梨は声を出しひかりを抱き上げる。
翡翠の方も、さすがに寝たふりを続ける訳にもいかず、体を起こす。

「あ、翡翠さん。起きちゃいました?」
「この状態で、寝ていられるわけがないだろう?」
「それはそうですけど・・・。」

あからさまに顔に「不機嫌!」と書いてある翡翠に花梨は苦笑する。

「ごめんなさい。乗っかる前に抱き上げようとはしたんですけど、翡翠さんの髪の毛を引っ張っていたから。」

そういう花梨の腕の中にいるもの。名をひかりといって、翡翠と花梨の間にできた愛娘である。

「何で人の頭をよじ登るのかね。ひかりは。」
「たまたまじゃないですか?」

いや、と翡翠は心の中でつぶやく。

(前回も、前々回もその前もそうだった。あれは絶対わざとだ・・・。)

そうは思うものの、相手は赤ん坊。問い詰めることもできなければ、叱った後に泣かれては、花梨は絶対ひかりの味方に付くに決まっているので黙っている。
そして翡翠は、花梨の腕に抱かれている愛娘をじっと見つめる。
容姿は成長すれば花梨に瓜二つになるであろうと思われるほどよく似ている。ただ、翡翠にとって残念なことに、瞳の色だけは翡翠と同じであった。

「翡翠さん?どうかしました?」
「いや、別に。」
「うそ。顔に『不機嫌』って書いてありますよ。」
「花梨が子供の相手ばかりしているからかな。」
「そんなことないです。」
「やはりこれは外に放り出しておく必要があるかな?」
「ひ・す・い・さ・ん・?」

少し考えるふりをしながら言う翡翠に、一瞬花梨の額に青筋が立ったのは気のせいではないだろう。

「冗談だよ。いくら私でも花梨似の女の子を外に放り出すようなまねはしないよ。」
「言っていい冗談と悪い冗談があります!命ってね、重いんですよ。たくさんの人が簡単に亡くなってしまう今だからこそ、一つ一つの命が大切なんじゃないですか。それなのにそんなに簡単に放り出すって言うなんて・・・。」

花梨がうるんだ瞳で翡翠を見つめる。
今回は自分の言い方がまずかったかと、翡翠は「悪かった。」とすんなり謝った。
花梨が答えようとした時、突然腕の中から「あー、あー。」と言う声が聞こえた。
声がするほうを見ると、ひかりが一生懸命翡翠のほうに手を伸ばしている。

「どうしたの?ひかり。」

小さい腕を力いっぱい伸ばして、翡翠を捕まえようとするひかりの様子に、先ほどまでのうるんだ瞳は失せ、優しい母親の微笑を浮かべた。

「パパのところに行きたいのかな?」
「・・・おいで。ひかり。」

花梨の腕の中から、一生懸命手を伸ばすひかりを抱き上げると、ひかりは本当に嬉しそうに笑った。その笑顔は瞳の色を覗けば、花梨そっくりと言えるもので・・・。



(結局、この笑顔には勝てないのだ。今回もまた諸手をあげて降参するしかないのだろう。)








2003©水野十子/白泉社/KOEI/ えな






サイトオープン記念フリー創作を頂戴してまいりました。

愛娘に踏まれている翡翠さんが素敵〜〜〜!!!!!(←鬼畜)
しかし、楽しいだけでは終わらず、放り出すといった彼をたしなめる花梨ちゃんの言葉は重く、強いメッセージが感じられ、そこがまた好きです!!!



背景:咲維亜作