月愛珠 遙かなる西域の国にその珠玉があると伝えられている。 月光が凝結し生まれたその珠は、月光を浴びた時のみ、光り輝き、冷たい水を生み出すという。 その美しき珠の名は、月愛珠・・・。 *** 不意に目が覚めて、友雅は体を起こす。 隣の温もりがかすかに動いたが、起きる気配はない。 彼女が寒くないよう布を引き上げてから、起こさないようにそっと外に出た。 「今宵は望か・・・」 夜空にぽっかりと浮かんだ月が友雅を照らす。 どこまでも見透かすような月を、友雅はまぶしそうに見上げる。 (やはり・・・。あの月はあかねのようだね。すべてのものを優しく包み込み、暗闇を照らす・・・。だが、その光はすべてのものに等しく注がれて、ただ一人のものにはならない・・・。君の優しさを愛しく思う反面、それが私だけに注がれている訳ではないのがわかるから、切ないね・・・。その優しさもすべて私一人のものにできるのなら・・・。) ・・・どのくらいそうして月を眺めていただろうか。 不意に聞こえた衣擦れの音に、友雅は微笑を浮かべ、その音の主に向かって声を掛ける。 「そんな艶めかしい姿で出てきてはいけないよ。誰が見ているとも限らないのだから。」 その声におずおずと妻戸の影からあかねが現れた。 「ごめんなさい。目が覚めたら、友雅さんがいなかったから。」 「それで心配した?」 こくんと頷くあかねに友雅は手を差し伸べる。 「おいで・・・。」 その声に導かれるように、あかねは友雅の側に行くと、友雅はあかねの手を引き、自分の膝の上に座らせた。そして、外気から遮るようにあかねの身体を自分の袖で包み込む。 「友雅さん。」 「なんだい?」 「別に私寒くないですけど・・・。」 「先ほど言っただろう。誰が見ているかわからないと。」 あかねは、友雅が離す気がないのを見て、そのままおとなしく腕の中に納まっていることにした。 「眠れないんですか?」 「なぜか目が冴えてしまってね。そのまま、月を眺めていたのだよ。」 「すごく綺麗な月ですよね。」 「あかねも眠れないのかい?」 「すっかり目が覚めちゃいました。」 「それはすまなかったね。 では、お詫びにひとつ月にまつわる話を聞かせてあげようか。聞きたいかい?」 「聞かせてください。」 「では・・・。」 *** 遙かなる西域の国で、道に迷った旅人がもう何日も飲まず食わずで歩いていた。 そして、もうだめだと思った時にさらさらと流れる水の音が聞こえたという。 旅人は最後の気力を振り絞って、音のするほうに歩いていくと、そこには清らかな水を湛えた滝があり、旅人はその水で命を繋いだ。男は神が自分を助けてくれたのだと思ったという。 ところが、朝になるとあれだけあった水が一滴残らず消えていた。 夢でも見たかと思ったが、次の日の夜、月光が崖にかかると再び滝が流れ出す。 そうして、旅人は思い出した。この辺りに伝わる噂を。 その滝の上には、月愛珠と呼ばれる珠玉があると言われている。。 その珠玉は、月光が凝結して生まれたと言われている。月光を浴びた時のみ、光り輝き、冷たい水を生み出すという・・・。 *** 「不思議な珠ですね。月光を浴びたときだけ水が流れるなんて。」 「案外この珠が水を流すのは、決して手が届かない月に恋こがれて、涙を流しているからかもしれないね。」 「友雅さん?」 「君はあの月のようにすべてのものを優しく照らす。だが、それは決して私一人のものではない・・・。」 「友雅さん。」 「その珠はまるで私のようだね。君という優しい月にこがれて地上から見上げるしかできない・・・。」 ・・・ぺちっ。 腕を伸ばし、あかねは軽く友雅の頬を叩く。 「あかね?」 「私があの月と言うなら、今、ここにいる私は何なんですか?私、側にいるじゃないですか!」 「あかね・・・」 あかねは友雅をじっと見つめたまま、はらはらと涙を零す。 「私は月なんかじゃありません。ただのあかねです。私は、私が友雅さんの側に居たいから、ここに残ったの!それなのに・・・。」 「あかね・・・」 「それなのに・・・。友雅さんに否定されたら私・・・。」 「泣かないでおくれ。」 「泣いてなんかいません。怒っているんです。友雅さんがあんまり悲しいことを言うから。」 友雅は、あかねが流した涙を口づけで拭う。 「すまない。時々不安になるのだよ。君が私をおいて消えてしまうのではないかと・・・。」 「消えたりなんかしません!不安になるというなら、いつでも側にいるから・・・。だから、もうあんなこと言わないで・・・。」 「あぁ・・・。すまない・・・。」 月は変わらず、二人を包むかのように優しく輝いている。 月光を浴びながら、そっと寄り添う二人・・・・・・。 *** ・・・・・・遙かなる西域の国にその珠玉があると伝えられている。 月光が凝結し生まれたその珠は、月光を浴びた時のみ、光り輝き、冷たい水を生み出すという。 その美しき珠の名は、月愛珠・・・。 月を愛し、また月に愛され、輝く宝珠。 二人にとってお互いの存在こそが輝ける宝珠、月愛珠・・・。 |
2003©水野十子/白泉社/KOEI/ えな
こちらは、サイトオープン記念でフリーになっていたものを頂戴しました。 友雅さんが月と喩えたあかねちゃん。 月光とは、よくよく考えてみれば等しく周りを照らすもの。 それを、優しさが等しく人々に注がれる、と云う解釈へと転じた書き表し方が素敵ですよね〜♪ また滝の水が月に手が届かぬゆえの涙と、月にまつわる組み合わせの解釈を、二人に絡めて描かれている部分が、素敵な逸品ですね♪ とても友雅さんらしい世界観が描かれていて、嬉しい限りですvvv |
背景:咲維亜作