君に恋焦がれ

−後編−

 

少し早めに家を出たあかねは、午後四時半に三宮に到着した。
冬休みに入って二日目。
昨日の今日ではやはり気が乗らないのか、溜息をつく。
やっぱり来なかったほうが良かったかな?
だが親との約束もある。
少しぶらぶらしようかな…と三宮センター街に足を踏み入れた。
そこは人…人…人でごった返していた。
平日の昼なら少し人も減るのだが、冬休みに入ると途端に若者や子供連れが多くなる。
まさにどこから沸いて出てくるの?!という状態なのだ。
人の流れが何故か決まっていて、ほぼ左側通行である。
あかねは渡された封筒に同封してあった地図を取り出す。
「やっぱり素直に行ったほうがいいかもしれない」
と、印のある場所に向かって歩いていく。

 





三宮センター街を抜けてトアロードを南下する。
すると左手に三宮神社が見えてきた。
それを抜けると明石町筋に入る。
既にそこは三宮センター街の何倍もの人で埋め尽くされていた。
途中から入ろうものなら、警察や警備の人間に呼び止められる。
だが、友雅から貰った招待券を見せると、すぐに通された。
「あと少しだから頑張ってください」
人と人の間を縫うように警備の人間に案内されて前へと進む。
案内されたのは、ちょうどみなと銀行(旧さくら銀行)の正面玄関。
そこには既に友雅がいた。
「ちょうどいい時間に来たね」
その隣には、昨日見かけた女性の姿があった。
少し不機嫌になる。
それを見て、ははん成程、と笑みを浮かべる友雅。
「あかね、紹介するよ。こちらは私と同業者の沖継君だ」
「はじめまして、あかねちゃん。沖継誠馬といいます」
人懐っこい笑みを浮かべてみせる女性…もとい女性のような面を持つ男が口を開く。
「え? え????」
何がなんだかわからないあかね。
「昨日、あかねが見たという女性はこれだよ」
「やっぱり髪切らないと駄目かなあ」
少し伸びた前髪をいじりながら呟く。
「ついでに後ろ髪も切ったらどうだね」
「あ〜駄目駄目。これは俺のチャームポイントだから切ったら駄目なの」
男のクセにチャームポイントかよ……。
げんなりとする友雅に、なおも駄目押しするかのように誠馬が続ける。
「でも女の子から見ても女性っぽいって言われたらもう――――」
「はいはい。のろけはどうでもいいから早くセッティングしてきなさい」
シッシッシ…と追い払うように誠馬を向こうに行かせる。
「そういうわけなのだよ。今まで黙っていてすまなかったね」
「いえ………。でも面白い人ですね、沖継さんて」
「そう思うかね? まあ、私も付き合いやすい奴だとは思うがね」
ようやく誤解が解けてホッとした友雅は、向こうでカメラの三脚などを組み立てている誠馬を見つめた。
「本当に面白い奴だよ」
時計の針が間もなく午後六時をさそうとしている。
二人は係員に促され、点灯スイッチの前に進んだ。
そう。
今夜が開催期間最後の神戸ルミナリエの点灯なのだ。
その運のいい点灯者として、あかねと友雅は立つ。
手がスイッチに伸ばされる。
友雅の手がスイッチに先に伸ばされたあかねの手の上に置かれる。
どこからともなくカウントダウンが聞こえてきた。
10……9……8…
「二人ともこっち見て〜!!」
誠馬がカメラのレンズから覗きながら声を掛ける。
どうやらスイッチを押す瞬間を捉えようとしているらしい。
二人は顔を見合わせて苦笑を漏らした。
5……4……3……
カウントダウンの声が揃い、会場全体が一気に盛り上がり始める。
2……1……
「点灯!!」
ゼロの掛け声と共に、二人はスイッチを押した。
瞬間―――――――
歓声とざわめきが会場を覆い尽くす。
突如として光のトンネルが左手…東遊園地方面に向かって伸びたのだ。
「お二人さん」
誠馬が声を掛けてきた。
「今日が最終日だから早く見たいのはわかるけど、午後八時以降にした方がいいよ」
「どうしてですか?」
台の上から聞いてくるのはあかね。
それを友雅は何とも嫌そうな表情で見つめている。
「最終日だけあって人出がものすごいからね。それに点灯直後だから。
逆にお勧めしたいのが夜八時以降だよ。比較的ゆったりと観れるからね」
「流石は神戸っ子……と言いたいところだが、私のあかねを独り占めしないでいただきたいのだが」
だが二人は全く聞いていない。
いつの間にか蚊帳の外に置かれていた。
「第一回が阪神大震災の年で「夢と光」。第二回は「賛歌−輝けるときを求めて」。第三回が「大地の星たちに捧げる」で――――」
「誠馬」
「なんだよ」
振り返った誠馬の目の前で……
「仕事がまだ残っているだろう。ほら、さっさと行った行った」
しっしっし、とまるで追い払うような仕草を見せる友雅。
その目には嫉妬の炎が宿っている。
これはまずいと判断したのか、誠馬は困ったような表情をし、
あかねにかるく手を振ると三脚に繋げたままのカメラを持ってその場を立ち去った。
「沖継さん。まだ仕事が残っているんですか?」
「ルミナリエを見る人たちを撮るとか何とか言ってたと思うがね。さて、この状態からどう抜ければよいものかな」
そこかしこ人人人の海で、どうやって抜けようかと考え始める。
「あかね、おいで」
急に手を引かれ、浪花町筋に入った。
一歩南北の通りに出てしまえばなんてことはない。
人は全て東西の通りである仲町通(東の突き当たりが東遊園地)に集中している。
「何処に行くんですか?」
北町通を東に手を引かれながら尋ねる。
「八時までにはかなり時間があるだろう。先に食事でもと思ったまでだよ」
だが何処に行くのかは喋ってはくれない。
二人の行く手には高層ビルがあった。
その中へと入っていく。
「……神戸市庁舎一号館??」
どうしてこんなところに?
疑問を抱えながらもやはり友雅の後についていく。
二人はエレベーターに乗った。
着いたのは24階。
「あかね。こちらだよ」
手招きする友雅。
その先には”スカイレストラン ル・ファール”と書かれた看板があった。
高級そうなレストランである。
店員と二言三言会話を交わした後、再びあかねに視線を向けた。
「誠馬が私達の為にと用意してくれたのだよ。遠慮は無用」
「こちらへどうぞ」
女性店員が先に立ち、二人を案内する。
案内された席は、眼下に東遊園地が見える。
しかも視線を少し右にやればガレリアが見えている。
一番いい場所を予約してくれていたのだ。
「これは借りができたかな」
少々困ったような、それでいて満ち足りたような表情の友雅が呟く。
「すっごい綺麗ですね〜」
あかねはすっかりご満悦モードに入っている。
こんなあかねの笑顔を見ると、ホッとする。
「? どうしたんですか?」
自分を見ている友雅に気付き、首を傾げてみせるあかね。
友雅はゆるく首を横に振る。
しばらくして料理が運ばれてきた。
「明石産穴子のスモークサラダ仕立てです」
最初に運ばれてきたのは前菜であった。
そして次々と運ばれてくる。
フィレ肉のステーキにカナダ産オマール海老のグリルタルタルソースなど全八品。
夜景を眺め、しかも豪勢なディナー。
あかねは密かに誠馬に心の中で礼を述べた。
全ては誠馬のお膳立てだとわかったからである。
「でも………私がこなかったら、この席に誰が座ってたんでしょうねえ」
何気ない疑問。
その言葉に、僅かに友雅が反応した。
「もしかして沖継さんだったりして」
「………だろうねえ」
想像して、頬をひくつかせる。
だがすぐに何かを思い出して、包みをあかねに差し出した。
「え? これを私に……ですか?」
「私からのクリスマスプレゼントだよ」
受け取り、膝の上に載せる。
「開けてごらん」
「いいんですか?」
問い掛けるあかねに、無言のまま頷いてみせる。
包みを開けると、そこには革の靴が入っていた。
「これ……もしかして友雅さんの手作りだったりして……」
「そのもしかだよ」
あかねは昨日、友雅が誠馬と共に東急ハンズで何かを買うのを見ていた。
それがこの靴の材料だったのである。
正式名称を”モカシンキット”という。
「誠馬に教えてもらいながら作ったのだが……お気に召していただけたかな」
靴を手にとってじっと見入るあかねに、優しい眼差しを向けながら尋ねる。
「嬉しいです。友雅さんの手作りの靴がプレゼントだなんて」
ありがとうございます。
にっこりと笑顔を返した。
「でも……私、今日持ってきてません………」
沈黙。
しばらくの沈黙が二人の間に漂う。
それを打ち破ったのは友雅であった。
「あかねが来てくれたこと、それがクリスマスプレゼントになるのだよ」
「え????」
ステーキを口に運びながら、そのままかたまってしまう。
それは嬉しいことなのだが、やはり恥ずかしい。
赤面したまま俯くあかね。
「あかね。冷めないうちに食べなさい」
ワインを飲み干した友雅が笑みを浮かべてみせた。
「せっかく誠馬が用意してくれた席なのだよ。……私としては少々不本意なのだがね」
何が不本意なのだろう。
いや、考えるのはやめる。
とにもかくにも神戸の夜景と眼下に見えるルミナリエのイルミネーション、豪勢なディナー。
イヴの夜でないにしろ、こんなに嬉しいクリスマスを迎えるのは初めてではないだろうか。
「ありがとうございます、友雅さん♪」
「では、改めて…」
とワイングラスをかかげる。
あかねは未成年なので、グラスには葡萄ジュースが入っているが、見た目はワインっぽい。
「メリークリスマス、あかね」
「メリークリスマス、友雅さん」
二人のグラスがカチン…と小さな音を立てて触れ合った。
その視界の端に白いものが入る。
「おや……雪だね」
「……綺麗…」
それは雪。
ホワイトクリスマス。
暗い闇夜にさす光のような雪が次から次から降ってきていた。
それがルミナリエのイルミネーションとあわさってひときわ美しく見える。
二人はそれをいつまでも見入っていた。

 





神戸の町から貴方に贈るプレゼント。
それは”光のぬくもり”。

 




それではよいクリスマスを。
”Happy x'mas♪”

 

2002年12月25日 製作

2002©水野十子/白泉社/KOEI/ 沖継誠馬






コメント 

 都会ならではのお洒落なクリスマス♪♪♪
 酔いしれる展開…のはずが、それだけに留まらず、誠馬さんご本人の登場で思わぬ展開!!
 面白味まで加わり、素敵です(≧∇≦)キャッ☆




  







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