
…もう、願うことすら忘れていた。
この身にあるのは虚無という名の深い闇。
この飢えた心を救えるのは、君だけ…
〜鼓動〜
庭先に並べられたいくつものランタンにともされた仄かな灯り。
静かな聖夜を彩るのは澄んだ空気の中で冴え渡る星々。
あかねはホテルのロビーでキャンドルをともしたランタンを受け取ると
友雅と連れ立って幻想的な闇の中を歩き始めた。
「ろうそくの灯りって…あたたかいですね。こうしているとなんだか京にいた頃を思い出します。」
「そうだね…こちらの世界の明かりとは比べ物にならないけれど…風情はあるね。」
幻想的な炎に導かれた道をたどっていくとその道の終わりに礼拝堂が見えた。
一歩足を踏み入れるとそこに流れるのは静謐な時間。
ステンドグラスに揺らぐ炎とパイプオルガンの音が厳かで敬虔な気持ちへと変えてゆく。
祭壇の前にゆらめくいくつもの炎。
今日ここを訪れた多くの人が祈りとともに神に捧げた光…
あかねもそれにならって持っていたランタンの火をろうそくに移す。
灯った光に微笑むあかねを、友雅がやさしく見つめていた…

※※※※※
敬虔な信者となった祈りの時間を終えて礼拝堂を出ると、空から白いものが舞い降りた。
「雪…?!」
ひらりと舞い降りた大粒の雪はあっという間に庭先を白くかえてゆく。
「おや…これは…牡丹雪だね…」
「わぁ…綺麗、ですね…」
両手をかざして受け止めていたあかねが無邪気に笑う。
「…ふふ。なんだか天使の羽みたい。」
「…天使というのは…天よりくだされた御使いのことだったね。」
「そうですよ。」
「そう…では…もう二度と天には帰れないように私の腕に閉じ込めなければならないな…」
「きゃっ…!」
ぐい、と引っ張られた腕にバランスを崩したあかねは友雅の腕の中に倒れこむ。
「…もうっ、友雅さん、なにするんですかっ!」
拗ねたように軽く胸をたたくと友雅が艶麗な微笑みとともに自分を見つめていた。
「…君に逃げられては困るからね…」
「逃げるわけないでしょう!」
一瞬目を奪われてしまったしまったことが悔しくてあかねは我に返るのと同時にふいっと横を向く。
「…おやおやご機嫌を損ねてしまったかな?」
そんなあかねに友雅は肩をすくめてくすりと笑う。
「…ではこれで許していただけますか姫君?」
そう言って差し出された白い小箱。
その中に入っていたのは螺旋を描く茎に見立てた細身のゴールドの地に
ピンクトルマリンで作られた花とぺリドットで作られた葉をあしらった指輪だった。
「え…?」
「…好きな指にはめるといい」
好きな指に、と言われても思いをよせる相手からもらった指輪をはめたい指など一つしかない。
けれど、それをここで言っていいものだろうか?
あかねは戸惑うように友雅を見上げる。
友雅はそんなあかねの逡巡を楽しむように眺めるとそっとその手を取った。
「…私はこの指以外はめてもらうつもりはないけどね?」
そう言って口づけたのは左手の薬指。
そっと触れた唇から伝わる熱にあかねの顔は一気に赤くなる。
「……もうっ!意地悪なんだからっ!」
頬を膨らませるあかねに微笑んで…
そっとその頬に手をあてると友雅はふとその表情を変えた。
「…友雅、さん…?」
「ずっと…自分はなぜこの世に生まれたのだろうと考えていた。
こんなにも虚無な自分を、神はなぜ生かしておくのかと…」
「友雅さん…」
「だが…君に出会ってようやく分かった。私は、君に会うために生まれたのだと。」
「…だから…この手を離さないと約束してくれないか?」
それはまるで天より舞い降りた御使いを引き止める一人の男。
友雅の懇願にあかねは言葉でなくそのぬくもりで答えた。
凍えた唇に触れる熱。
驚いたように目を見開く友雅にあかねは微笑んで言った。
「…私からの、クリスマスプレゼントです。」
「……」
「…ねぇ、友雅さん。友雅さんが生まれた意味、教えてあげましょうか?」
「…ぜひ、教えていただきたいね。」
「…愛されるためですよ。」
「私だけじゃない。この世の多くの人に愛されるために……」
見つめる瞳はどこまでもまっすぐで。
迷いを知らない。
「…やはり君は…」
「え…?」
「いや…そうだね。君は私を導く標。神より遣わされた御使いの御言葉、承りましょう。」
そう言って跪きあかねの手の甲に恭しく口づけると友雅は立ち上がって
あかねの体を包むように抱きしめた。
「ほら。すっかり冷たくなってしまっているよ。部屋へ戻ろう。」
そして腕の中でくすぐったそうに身をよじるあかねには聞こえないようにそっと呟く。
「せっかく君から頂いたプレゼントだ。ゆっくり味わいたいしね…」
「?何か言いました?」
「ふふ。部屋についたら教えてあげるよ。」
光の道を遡って部屋へと戻る。
二人で…生きていくために。
時を越えて結ばれた恋人達の聖夜は…こうして更けていくのだった。
了
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